2021年4月1日~4月30日

4月4日(日)

ある作品に接した時に、「人」の存在が感じられるものが良いものだと今は思う。自然を描写しただけの文章からも同じことがいえる。補足すれば、「人」とは作者のことだけはない。わざわざ言うまでもなく、人間性も含めての話だ。言い換えれば、血の通った作品というものと似ている。作者を排するが美徳だとすれば真逆のことを僕は言う。

ジョージ・オーズウェルがあるエッセイの中で、ただ美しいだけの言葉や無意味な言葉を並べていれば、結局インチキな文章になるという風な文章を自重の意味も込めて書いていた。


4月20日(火)

はじめは自分だけがちょっとした矛盾を抱えて、葛藤のなかで生きていると思っていたけれど、ある時期から、案外みんなそうかもしれないと思いだした。例えば、自分の場合は言動が一致していなかったりするのはよくあるし、人に興味があるけれど、人付き合いが得意でなかったりする。多少自分自身が疑わしいと思う部分がなくはない。

「矛盾」とは少し違うかもしれないが、感情だってそうだ。楽しいと感じながらすこし淋しいと思う時があるように、すこし違った種類の感情が同居していると気づくことがある。

こういうことに意識し始めたのが、志賀直哉の『城の崎にて』を読んでからではなかったか。

 

『冷々とした夕方、淋しい秋の山峡を小さい清い流れについて行く時考える事は矢張り沈んだ事が多かった。淋しい考だった。然しそれには静かないい気持ちがある』

 

この文章を読んで、最初は少し疑問を感じたものだった。どっちなのかわからないような、表面上、種類の違う感情が自分の中にあることに違和感を持った。しかし、考えてみればたしかにそうかもしれない、こっちが本当だと思った。自分なりに気付きがあって、ちょっと面白かった。