2021年3月1日ー3月31日

3月2日(火)

裏方としての立場を担っていることはわかっているが、さすがに蚊帳の外という扱いはないだろうと思う。出版社としての立場、自分の立場を考える日になる。どこかで書きたいという思いがある。

家のことをお願いしている業者があまりにも腹立たしかった。出来ないならそういえば良いが、それの要望はなかったことのように無視するのはいかがなものか。2、3日して返答がなければ、こちらで勝手に手配しようと思う。


3月4日(木)

とおーくから聞こえてくるは鐘の音か

ごーんと空気が揺れて。

気持ちの部分に疲れを感じるときは、妙に感傷的になる。

だからだと思うけれど、感覚も鋭敏になって、空気が揺れて音が伝わるところを想像してみたりする。

またごーんとなって、今度ははっきりとこの眼で揺れるのがわかった。

 

自分の立場で考えた事、決断したことを事実として、書き残す。

それにはちょっとばかしの勇気と犠牲が必要だ。


3月16日(火)

ある人に「100頁ぐらいは1時間あれば読んでしまいます」と言われて驚いた。その人は書評もやっているから、読むだけでなく、それについて書かないといけない。

「覚えていますか、内容を」

「付箋はっていくんです。後で戻れるように」

僕も付箋は貼っているが、かぎりなく読むのが遅い。

だいたい20頁を30分ぐらいかけて読む。1時間に100頁とは比べものにならない。まあ、しかし遅い分噛みしめて読んでいるのだから、それはそれで読書法としてはありだと思いたいが、おそらく僕はただ読書に向かないのだろう。では過去に読んだ本を覚えているかというと、自分の好きな作家のもの以外はとんと覚えていない。出版社で働く身として、自分でも本当に困ったものである。

「どうしたらそんなに早く読めますか?」とはさすがに聞けなかったな。


3月18日(木)

宮地嘉六の『老残』を買う。古本2500円はわりと高い買い物だった。

この人の文章は初めて読んだが、自分には親しみやすい。読みながら、志賀直哉の文章を思い出したりした。

志賀直哉の場合だと、彼の描く自然とか言葉がなぜか自分の感覚と近いと思う時がある。時代なんかは超越してしまって、文章を読んで頭に描く光景がとても自分に近いのが志賀の文章。土のにおいとか葉っぱの色や人の言葉が自分の感覚でとらえているものに近い気がしている。自分の大っ嫌いな虫でさえ、気持ち悪くていつも自分が見ている「虫」を彼は描いている。


大阪営業、今日もズタボロ。今日行った本屋にはいろいろと言いたいことがある、そんなモヤモヤを抱えて帰ってきた。忙しいとかアポがないと応対できないでなくて、話がぐらいは聞けよと思う。

寝屋川の金箔書房という古本屋を見つける。

安い!3冊購入で400円。気持ちがちょっと楽になった。


3月27日(土)

随筆なりエッセイなりを評価するとき、何を書いているかよりも、もっと言葉の持つ芸術性の部分が言及されても良いと思う。